2002年名古屋場所優勝自戦記・・・
「◆弱小位は相応しいひとへ」
杉浦伸洋
 

 昨年は残念ながら一度も勝てず、不覚にも「弱小位」を押し付けられた(笑)。
 もう10場所も優勝から遠のいている、おかしい。研究量ではおそらく木村さんの次ぐらいだと自負しているのだが、何故だか「勝負手」が災いして撃沈を繰り返すばかりであった。要するに相撲ゲームの「才能がない」だけなのだが・・・。
 W杯で盛り上がる一方で存在が益々薄くなっている国技「大相撲」。将棋では許されない「待った!」が続出し、怪我と偽って休むことが美徳とされているスポーツに感動など呼べるはずもなく・・・。だが、年末の屈辱からの脱却を果たすべく番付発表から真剣に登録力士を考える。相撲の不人気に拍車が掛かっても、スモウゲーマーにとって何の影響も受けないのだ。しかも「ご当所場所」で燃えないわけがない、絶対優勝する!

 先場所が終わってから、11点は決めていた。先々場所で10点、先場所で11点と「勝負力士」に指名して悉く裏目に出た「玉乃島」だ。幕尻で爆発しなきゃ、どうにでもなれ!と諦めがつく。朝青龍・琴光喜・若の里とお約束を並べるとして、もう1枚「勝負手」が欲しいと考える。しかし・・・いない。入れたい力士が全然いない。「番付発表から真剣に考えて」十両の「泉州山」に決めた。ハッキリ言って隠し玉である。
 そして登録用紙の提出日。玉乃島・泉州山を11・10点と上位に連ねて、「皆様とは視点 が違うのでございますのよ、オッホッホ〜」と心の中で高笑いして提出。そして・・・大事件は起こった。事もあろうことか、「3分クッキング」と同じ思考回路だったとは・・・。
 全員の登録を見て、「泉州山」を上位に配していたのは2人だけ。「レ・ミゼラブル」「あ〜悲劇」、心の中で「キューピー3分クッキング」のテーマソングが流れ、「のぶちんもなかなか見る目あるやん!」という永世弱小様の励ましのお言葉が聞こえた。初日の1週間以上も前に、事実上の終了であった。
 必ず毎場所作成していた得点表も作らず、裏登録に全てを賭けるべく場所直前は照準を変えて「楽しめる」裏登録を考えた。名古屋場所が始まったが、やはり全然盛り上がらない。大相撲ダイジェストを見るのだが、番組内容・相撲内容ともに「冴えない」。
 2日目は8位で「やっぱりなぁ」、3日目は首位で「ほんまかいな」。だがポイントの玉乃島・泉州山(11・10点)が敗れて、5日目には4位といつもの「可も無く不可も無く」無難な順位に落ち着く。期待して損をしたなぁ・・・と「ぬか喜び」だったが。
 だが、悪運は尽きていなかった。玉乃島が予想外の9連勝で好位置キープ、12日目には予想だにしない「首位返り咲き」を果たした。正直言って、途中の7日間ぐらいはダイジェストも見ずにスポーツニュースとネットでの結果のみで、相撲の取組内容を知らない日々が続いた(谷川千勝記念扇子発送で疲れていてそれどころじゃなかったが)。
 最終日、久しぶりに3時から相撲を生中継で観戦した。杉浦・木村・角・大野・木場田 の上位5人の得点表を即興でチラシの裏に書いて、○×を付けて一喜一憂をしていた。 あまりにも全員が×が多く「6位以下も気になる」と全員の結果を計算して・・・若の里がブン投げて千代大海の優勝が決まった瞬間、連盟スモウゲームの優勝を確信した。皮肉にも最終日、十両の取組で「あの泉州山」が勝ち越しを決めた一番が大きかったようで、まさしく「勝負力士」だったようだ。角さんが4位で私が優勝、この上ないです。
 今場所の反省は、千代大海は気になったが「武蔵丸3点」のお約束により優勝力士を登録出来なかったこと。高見盛、貴ノ浪、霜鳥、武雄山を軽視したこと。そして、何よりも勝負力士が「角さんと一緒になったこと」が悔やまれる。
 関取で延べ16人の休場者が出て横綱・大関が6人中2人しかいなかった(しかも武蔵丸も終盤で首を怪我していたらしい)。怪我をしない為の稽古を積むべきだし、公傷についても再考の余地があると思う。

 年末に恒例の「弱小位選考忘年会」が開かれることと思う。「またのぶろうが取るから安心だ」と思っていた皆さん、あなたの番ですよ(ニヤリ)。あと2場所しかありませんよ〜、頑張って下さ〜い(高みの見物)。木村さんのV7まであと2勝か・・・今年中に追いついちゃおうかな?そうしたら弱小位決定権は私に与えられるのかな?そのときには決め台詞を用意しています、「弱小位は相応しいひとへ」と。満場一致で決まることでしょう、誰が相応しいかって!?・・・誰のファンクラブか考えれば判ります。 <終>
 

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