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2001年秋場所優勝自戦記・・・「幸運な優勝」 |
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安藤俊之 |
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どうも、21世紀の最初の9月は、ツイていたようだ。僅か3日の間に「10年に1度の試合」と「100年に1度の試合」を、生で観戦することができたうえ、その前には、1年半ぶりのささやかな喜びに浸ることもできたのだから。
<場所前>番付発表までの登録予定は、栃東、琴光喜、若の里と出島、二子山3人、土佐、魁皇、朝青龍、玉乃島or隆乃若で、控えが旭天鵬ともう一人。という感じだった。 <登録直後>何故か、出島が人気があった。理解に苦しんだが、何せ、自分の方も、↑こういう事情なので、偉そうなことを言える立場ではない。他のスポーツの話で誤魔化した記憶が、少しある。
<場所前半>予想以上に金銀星が乱れ飛び、酷い興行になっていた。
<場所中盤>ところが、意に反し、自分の登録力士だけが勝つ、という、夢(dream)のような星取りが、3日ぐらい続いてしまった。
<場所終盤>さすがに、いつまでもうまくはいかない。が、期待の出島に黒星が重なり始め、6敗目を知った時、ひょっとしたら、と思った。 <14日目終了>翌日からの大事な大事な関西遠征を控え、9点差の首位をキープしていた。ここまでは来たら、さすがに千秋楽逆転は気分が良くない。なんとか逃げ切って・・・と祈りつつ、大阪ドームへ向かった。
<千秋楽>昼間は大阪ドームで1点しか入らない試合を観戦していた。
というわけで、9場所ぶり4回目の連盟1位になることができた。
さて、振り返ってみると、まだS君(誰?)は、今年、優勝していない。
来場所の登録は、日本シリーズが終了してからなので、今度はジックリ検討できる。2連覇しちゃっても、恨みっこなしね>S君
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BUFFALOES優勝自戦記 |
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朝、関西将棋会館で目覚めた私は、昼過ぎ、大阪ドームにいた。 12年ぶりの優勝へ、マジックを3としている、わがBUFFALOESの、対ライオンズ(以下「L」)最終戦を、1塁側S席で観戦するために。 相手投手は中6日の松坂大輔。おそらく、優勝への最後の難関だ。しかも、Lは前日、地元西武ドームでカブレラの逆転3ラン! という派手な勝ち方をしている。この日の試合に勝たれると、残り試合を全部勝ってしまうかもしれない。とはいえ、BUFFALOESも、当然この試合を落とすわけにはいかない。先発投手は、6日前にLを2安打完封した、超弱体投手陣の救世主、弱冠20歳の岩隈久志。まず間違いなく、大熱戦になると予想された。 <この試合は、関西でも、毎日放送の中途半端な中継しかなかった。 しかも、残念ながら、9回ウラは放送されていなかったらしい・・・。 もちろん、関東では地上波、BSの中継はナシ。本当に惜しまれる>
試合は、3回表、突然、制球を乱した岩隈からLが3点先取。その裏、BUFFALOESも走者2人を出したが、ここまで54本塁打しているタフィ・ローズが平凡な左飛に倒れ、同点のチャンスを逸した。
5回表途中に投手交代があったので、トイレ休憩を試みようとしたところ、まさかの長蛇の列・・・。これには参った(T T)。
殊勲の代打益田の替わりに出てきた捕手・的山哲也のチョンボで1点を失った5回表、その裏のBUFFALOESの攻撃で、NEWSで何度も何度も流れたローズの55号が飛び出した。しかしまだ、3−4の劣勢。ゆえに、打ったローズの表情もイマイチだったようだ。
その勢いに乗って、9月は不振だった大村直之が6回裏に同点のタイムリー! 4−4になった。これはもう、逆転勝利間違いなし、と楽観したのだが、意に反して、8回表に押し出しで5点目を献上、
9回裏の攻撃は、9番打者から。「1人出れば、3番ローズまでまわる!」これがBUFFALOESファンの共通の願いだったはず。もちろん、私もそうだった。9番は打率1割台の的山なので、当然、代打。切札・鷹野史寿かと思われたが、起用されたのはタイガースから移籍していた北川博敏。正直、アレッと思った記憶がある。 申し訳ないけど、つ・づ・く・・・。
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