|
初の優勝自戦記 |
|
大野 隆 |
|
(2001年春場所優勝自戦記) |
|
我ながら呆れた話ですが、1997年九州場所以来、三年と二場所(二十場所)ぶりの優勝です。ちなみに当時の業務用デスクはトーチカにありました。その間にデスクの移動は3回、もらった辞令の枚数は4枚におよびます。 また、前回優勝した時は嫁さん(当時は婚約者)に代わりに書いてもらったので、初の「優勝自戦記」となります。そういえば嫁さんに書いてもらった「優勝記」の掲載はまだ紙を使った「スモウゲーム通信」でした。
もっともその二十場所の間に二位が三回に三位が五回、ブービーや最下位はゼロなわけですから、実力的に他の連盟スモウゲーマーより劣っていたとも思えません。ただ、振り返ってみると、固定観念にとらわれすぎて、柔軟かつ思い切った登録ができなかった、というのは大いに反省すべき点だったかと思っています。
今場所も序盤は例のごとく上位でのスタートで、徐々に少しずつ順位を落としていく、という感じでした。そして「9点枠に登録したら7勝と、先々場所のネックだった玉乃島(当時は玉ノ洋)に三度たたられるとは・・・」とほぞをかんだものでした。そして、13日目を集計し、首位との差が20点という厳しい現実を知った時は九割方あきらめていました。
そして千秋楽、はっきり言って取り組みを見たときは相当つらいな、と思っていました。そしてだいたい予想通り(願望通りではない)結果となっていきました。ただ、こちらの2点枠の千代天山が勝ったり、むこうの1点枠の旭天鵬が負けるなど、細かいところで自分に利する展開となっているので、流れはこちらにある、と思うようにしていました。
冒頭にもちょっと書きましたが、1996年9月、私はトーチカに監禁され、無為な日々を送っていました。そこへ月曜の17時半、安藤さんと常盤さんが相撲の結果を見に帰りに寄ってくれたのです。そして私も参加するようになったのですが、今にして思えば、あれがなければ、私はおそらく今連盟にいなかったでしょう。 |
| トップに戻る |